---->>Get back on the right track!                       雪見団子

「ねぇ戦人! 君のお父さんについて、詳しく教えてくれないかな?」
そう二人の悪魔――ゼパルとフルフルに問われたのは、よく晴れた日の午後、魔女の喫茶室でのことだった。
「俺の親父? なんでまた。つーかお前ら、どうしてこんな所にいるんだよ」
ここには基本的に、ゲームのプレイヤーやその補佐、また観劇者しか訪れない。一応こいつらも上位世界の存在ではあるんだろうが、今まで現れたことは一度もなかった。
そんな俺の疑問に対し、「私たちは司会者だもの、どこへだって現れるわ!」と答えるフルフル。正直理由になっていないと思ったが、突っ込むと話が面倒になりそうだったので、あえてスルーすることにした。
親父がどうしたって? と改めて尋ねると、二人は顔を見合わせた後、腕をばっと振り上げて言った。
「右代宮留弗夫はとても素行が悪いと聞いてね! なんでも、何人もの女性と交際をしているそうじゃないか!」
「妻を持つ男に、他の女性を愛する資格はないもの! 愛の悪魔として見逃せない行為だわ!」
「……あぁ、そのことか」
俺の親父、留弗夫は、とにかく女癖が悪い。以前そのごたごたで、俺から絶縁を突き付けたこともあったほどだ。
「詳しく教えろって言われても、お前らが知ってる以上のことは、俺だって知らないぜ。親父とはそんなに親しくないからな、いろんな人と付き合ってるってことくらいしか分からない」
「あぁ、そうなのかい? これは困ったね、フルフル!」
「えぇ、そうねゼパル! 明らかに情報不足だわ!」
目を丸くして、驚きを表現する二人。とてもじゃないが、困っているようには見えない。
というか、
「そもそも、それ聞いてどうするつもりだよ」
「どうするつもり? そんなの決まってる! 留弗夫に正しい愛のあり方を教えるつもりさ!」
「戦場では、情報を多く持った方が有利なの! できるだけ敵のことを多く知っておくべきなのよ!」
「敵って……」
相当親父のことが気にくわないらしい。正しい愛のあり方とやらを熟知しているからこそ、ああいう軽薄な人間が許せないのかもしれない。
親父がああなのは昔からのことなのだと、親族の人たちから聞いた。正直なところ、いまさら何をしても効果はないと思う。
とはいえ、あの軽薄さが許せないというのは同感だ。そういう感情があったからこそ、この悪魔たちの行動に少し興味が湧いた。
「ま、頑張れよ。応援してるぜ」
「何を言っているんだい? 君も協力するんだよ?」
「……は?」
ゼパルの言葉に思考が止まる。しばしの沈黙の後、
「どうしたんだい、そんなに驚いて! 当然のことじゃないか!」
「あなたは留弗夫の子供だもの! 何か役に立つこともあるかもしれないわ!」
「いや、別に役になんか……って、ちょ、おい!」
二人に両手首を掴まれ、「細かいことはいいじゃないか!」「思い立ったが吉日、早くしないと日付が変わっちゃうわ!」と強く引っ張られる。
全然細かくないし、まだ昼間なんだから日付なんて変わらねぇよ――そんな突っ込みを入れる間もなく、俺は悪魔たちの留弗夫更生計画に巻き込まれる羽目になったのだった。
 
 
*------*
 
 
「「作戦その一! 浮気男の末路を思い知らせよう!」」
俺たちはとある場所――愛の試練の行われた喫茶室に身を移し、計画を練ることにした。
といっても、今のところはゼパルとフルフルが一方的に話しているだけだが。
ただ聞いているだけなのもあれなので、とりあえず気になったことを聞いてみることにする。
「浮気男の末路ってどんなのだ?」
「いい質問ね! ゼパル、教えてあげて!」
「あぁ、分かったよ!」
青く美しい髪を揺らしながら、ゼパルが人差し指をぴっと立てて言う。
「浮気男の末路、それは勿論破滅! 何人もの女性と浮気をした主人公の少年が、最終的に彼女の内の一人に殺されてしまう……そんなアニメを以前見たことがあってね。今回の作戦は、それを参考にしようと思うんだ!」
「ふぅん、なるほどな。ちなみになんてアニメだ?」
「タイトルはよく覚えてないけど……確か、中に誰も……っていう」
「待て。それは時間軸的におかしいよな?」
今は昭和なんだが。
「何を寝ぼけたことを。ここはオカルトアイランド、魔女だらけの変態空間だよ? 時間軸なんて関係ないのさ!」
「……あぁ、そうかい」
例によって全く理由になっていなかったが、再びスルーすることを選ぶ。いちいち反応していたら体力が持たないしな。
そこでふと、先ほどのゼパルの言葉を思い出す。
「そういえばお前、参考にするとか言ったな。それってまさか、親父を殺――」
「まさか! さすがにそこまではしないよ」
「そ、そうか、安心したぜ。じゃあどうやって……」
「あはは、それはね……」
ゼパルが不意に指をパチンと鳴らすと、近くの窓に何かが映し出される。
「屋敷の客室の様子だよ。ほら、そのベッドの上」
ゼパルの指差す方向を見ると、そこには高いびきをかく親父の姿があった。
なんでこんな時間に寝てやがる……そんな疑問が頭をよぎったが、すぐに取るに足らないことだと気づく。どうせこいつらが細工でもしたんだろう。
「留弗夫には今から、僕の魔法で『悪夢』を見てもらうよ。そう、浮気男の末路をね!」
にやりと笑いながら、再び指を鳴らす。
「……何も起こらないぞ?」
「あっはは、見てれば分かるよ!」
言われたとおりに、しばらく黙って見ていることにする。すると、親父の顔が次第に引きつり、うわ言のように何かを呟き始めた。
『いや、ち、違うんだ。その日はたまたま仕事が……だから誤解だって……』
……何か、いきなりクライマックスっぽいな。
額に玉のような汗を浮かべ、苦しそうに呻きながら、必死にそんな寝言を繰り返す。
「……なぁ、どんな夢みせてるんだ?」
「さぁてね。君もみるかい?」
「いやいい」
即座に拒否しておく。どんな悪趣味な夢なのか、想像もしたくない。
そんなやり取りをしているうちに、早くもラストシーンに入ったようだ。親父が血の気の引いた顔で、上ずった声でうろたえる。
『ちょ、き、霧江……!? ま……て、それ、包丁はさすがに危なッ……い、痛ッやめッ、う、うわあああぁあああぁあッ! ……あ、あ?』
がばっと跳ね起き、目を見開いてあたりを見回すと、『あ、ああ……夢か……』と呟き、ほっとため息をついた。詳細は分からないが、それなりに悲惨な最期を遂げたらしい。
「……ゼパル、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかしら」
「そ、そんなことは……ないはずだよ。それほど長い夢でもなかったしね。うん、大丈夫」
冷や汗を浮かべ、目線をそらしながら、ゼパルが自分に言い聞かせるかのように呟く。自業自得とはいえ、少し親父に同情した。
「で、でも! これで留弗夫は、浮気男の末路を理解したはず! これからは浮気なんかせず、妻一人に愛情を注ぐ、立派な夫に――」
『いやぁ、あれは夢じゃなかったら危なかったぜ。でもまぁ、ああいうスリルがたまんねぇんだよな。生と死の境目での恋愛! これだからハーレム環境は抜けられねぇ』
「……え、」
親父はけろりとした表情でそう言うと、何事もなかったかのようにベッドから降り、客室を後にした。
そんな光景を見たゼパルは、目を見開いて絶句した後、信じられないといった表情を浮かべる。
「そんな、僕のこのパーフェクトな作戦が効いていないだって!? ああ、これはどういうことだろう、フルフル!」
「私にも分からないわ、ゼパル! 本当に不思議!」
悪魔たちのやり取りを、ぼんやりとした気持ちで眺める。おそらく俺の表情は、親父に対する呆れに満ちていたことだろう。
……前言撤回。やっぱりあいつは、同情の余地のないクソ親父だ。
 
 
*------*
 
 
「「作戦その二! 霧江の存在を強く印象付けよう!」」
再び喫茶室にて。ゼパル達は性懲りもなく、第二の作戦の決行を告げた。
「留弗夫の頭を霧江の存在で満たせば、他の女性なんて視界に入らなくなるに違いない! これで留弗夫は浮気をしなくなるわ!」
「……なんかそれ、若干目的が変わってないか?」
その作戦だとまるで、親父に浮気をやめさせることが目的のようだ。
「そんなことはないわ! 霧江だけを見るようになれば、真実の愛を知ることができる! 正しい愛の形を理解できるはずだわ!」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ!」
瞳を輝かせながら、力強く断言する。そういうものらしい。
そうと決まればさっそく実行よ! と、フルフルが強く手を叩く。すると、先ほどと同じ窓に、再び親父の姿が映し出された。薔薇庭園に出て煙草を吸っているようだ。
「それで、具体的にはどうやるんだ?」
「えっと、そうね……」
そこで一度言葉を切り、すぅっと大きく息を吸う。
「『笑わせるなよ小娘が。……てめぇに男を寝取られて、18年間嫉妬し続ける女の狂気がわかるかよ……ッ!!』」
「……っ!? き、霧江さん?」
突然霧江さんの声が聞こえ、思わずあたりを見回す。しかしその姿は無く、近くにはゼパルとフルフルしかいない。
「あっはは、違うわよ! 私よ私!」
フルフルがにやにやと笑いながら、俺の背中を叩く。え、今のって……、
「お前が言ったのかよ? でも声は霧江さんだったし……つーか痛え、叩くのやめろ」
「ご名答! 魔法を使ってね、ちょっと声を変えてみたの。 それにしても、いくら義理とはいえ、息子をも誤魔化せるなんて! 私もやるわね!」
「自分で言うなよ」
そう言ったものの、確かに今の声は霧江さんそのものだった。普段の明るい雰囲気のせいで忘れそうになるが、こいつらだって一応大悪魔なんだよな。実力もそれなりにあるってことか。
それにしても、霧江さんの声真似をしたところでどうなるんだろう……そんなことを尋ねる間もなく、「じゃあちょっと行ってくるわ!」と言って、フルフルが姿を消す。
「なぁ、あいつどうするつもりなんだ?」
「見てれば分かるよ、見てれば!」
さっきも似たようなこと言ってたよな、こいつ。今回も第一の作戦と似たようなものなんじゃないだろうな? 
そんないらぬ心配をしていると、薔薇庭園の親父のもとにフルフルが現れた。
親父の姿を見つけ、にやりと食虫花のような毒々しい笑みを浮かべるフルフル。そして、踵を鳴らしながらこつこつと歩み寄り、親父の耳元に唇を寄せ、こう囁いた。……霧江さんの声で。
『……留弗夫さん、愛してるわ』
『うぉあっ! き、霧江、脅かすなよ……って、あれ?』
親父が驚いて振り返るが、そこには誰もいない。実際にはフルフルがいるわけだが、親父には見えていないのだろう。
訝しげにしながらも、「気のせいか」と呟き、再び煙草を口にする親父。それを見て、満足げな含み笑いを漏らしながら、フルフルが再び囁く。
『ねぇ留弗夫さん……私だけを見てくださらない?』
『っ!』
再び親父が振り返るが、勿論誰の姿も見ることはできない。フルフルは口元を抑えながら、必死に笑いをこらえているようだ。
「あっはははは、これは愉快だね! さすがフルフル!」
ゼパルがけらけらと笑いながら、戦人もそう思うよね? と同意を求めてくる。
霧江さんの声で何度も親父に囁き、頭を霧江さんのことで支配する……今回の作戦は、つまりこういうことなのだろう。
「お前ら……趣味悪いぞ」
「最高の褒め言葉だね!」
褒めてねぇよ。
そんな間にも、フルフルは親父に何度も話しかける。
『あなたには私だけを見ていてもらいたいの。それは過ぎた願いかしら
『な、何だ? 霧江、どこかに隠れてるのか?』
『あぁ愛してる愛してる、あなたの頭から爪先まで全部愛してるわ。だからどうかお願い、私のことも同じように愛して?』
『ぅ……ど、どういうことだ? 幻聴? 俺、疲れてんのか?』
『幻聴なんかじゃないわ。これは私の本心、心からの願いよ。ねぇ、私の願い、叶えてくださらない?』
『ひ、ぃ……ッ! 畜生、何なんだこりゃ……!』
瞳を恐怖の色で染め、カタカタと震えながら後ずさる親父。
「なぁ……これって思いっきり逆効果じゃないか? やめさせろよ」
「そうかもね! でも無理だよ、悪乗りしたフルフルは、僕にだって止められないからね!」
そうかもね! じゃねえ。なんでそんな得意げなんだよ
『留弗夫さん、どうして返事をしてくださらないの? もっと留弗夫さんとお話がしたい、ずっと一緒にお喋りをしていたいわ』
『ひいいッ! これは夢、さっきの悪夢の続きだ! 頼む、早く覚めてくれえええええ!』
『あ、ちょっと! 留弗夫さん!』
耳を両手で塞ぎ、全力で屋敷の方に駆け出す親父。フルフルはそれをしばらく眺めた後、ふっと姿を消し、俺達のもとに帰ってきた。
「逃げられちゃったわ! ちゃんと洗脳できたかしら?」
「洗脳ってなんだよ、お前。ていうか、あれは明らかに失敗だぞ?」
「そんなことないわ! 今頃留弗夫は、霧江のことで頭がいっぱいのはず!」
「別の意味でな!」
思わず全力で突っ込みを入れてしまった。我に返り、深いため息をつく。
「まったく、お前らの作戦はあてにならねぇな。こんなんじゃ、いつまでたっても成功しないぜ」
「む、酷い言いようだね。じゃあ、次の作戦は戦人が考えてよ!」
「は?」
ぽんっと俺の肩に手を置き、頑張って! と激励を投げかける二人。い、いや、
「ちょっと待てって! 作戦なんざ知らねぇし、そもそも俺には全く関係な――」
「うふふ、ファイトよ戦人! あぁ、私たちは最初の魔女の喫茶室に戻ってるわ。考え付いたら戦人も来てね!」
「お、おい! ちょ、」
反論する間もなく、二人の悪魔は姿を消してしまった。おいおい、本当に俺が考えるのか……?
とはいえ、ここまで関わってしまった以上、もう関係ないなどとは言っていられないだろう。俺はようやく覚悟を決め、近くにあった椅子に腰掛けて足を組む。
「まったく……どうしろっていうんだよ」
 
 
*------*
 
 
俺の戻った魔女の喫茶室は、どこか甘い雰囲気に包まれていた。
フルフルがゼパルを抱きしめ、その頭をほわほわと撫でている。
「大丈夫 、心配することなんて何もないわ。私はいつまでも、ゼパルだけを愛しているわ」
「ん……うん」
囁くようなフルフルの言葉を、ゼパルは目を閉じ、幸せそうな表情で聞いている。
「……」
何だこの空気は。俺がいない間に何があったんだ。
そんなことを考えながら、声をかけるのをためらっていると、二人がようやく俺の姿に気付いた。
「ば、戦人! いいいいつからそこに」
「いや……結構前からだけど」
「結構前! み、見てた……かい?」
「あぁ……その」
頬を真っ赤に染めながら、上ずった声で尋ねてくるゼパル。そんな姿を見て、もうちょっと気を付けて入るべきだったかな……と、若干後悔する。
言葉に詰まっていると、フルフルが頬を膨らませながら、俺の額を人差し指で軽くはじく。
「まったく、戦人は気が利かないわね! 互いに性別の異なる、いつも仲良しな私たちが二人っきりでいたなら、どういうことになるかって想像つかない?」
「いや、すまん……次から気を付けるぜ」
軽く頭を下げて謝ると、少しだけ不機嫌そうだったフルフルの表情も、いつもの明るいものに戻った。
「分かってくれればいいのよ! うふふ、私たちはどんな時でも仲良しなの! 人前でも、……二人っきりの時でも。ねぇゼパル?」
「え? あ、うん……そうだね」
突然話を振られ、驚いた様子ながらも答えるゼパル。そんな様子を見て、口の端をにやりと吊り上げると、フルフルは続けた。
「あぁ、仲が良いって本当にいいことね! 実際昨日の夜だって、」
「っちょ、フルフル!? ななななにを、」
口を 塞ごうとするゼパルの手をひらりとかわし、いつもとなんら変わらない笑みを浮かべ、
「何をうろたえているのかしら? 愛し合う二人なら当然のことよ! そうでしょう?」
「う、うぅ……し、知らないっ」
瞳を潤ませ、林檎のように顔を赤くしながら、ゼパルがふわりと姿を消す。
「あら……戦人、ちょっといじめすぎよ」
「俺は何もしてないだろ!」
いくらなんでも理不尽過ぎる。
フルフルは「後で迎えに行かなきゃね」と笑うと、ゼパルのいた方向を見つめ、ふっと目を伏せる。
「ああ見えてあの子、不測の事態に弱いのよ。……そして、とても心配性」
「心配性?」
突然どうしたんだと疑問を抱きながら聞き返す。フルフルはこくりと頷き、俺の方に振り返った。
「戦人がいない間にね、ゼパルが尋ねてきたのよ。フルフルはずっと、僕のことだけを好きでいてくれるかって」
そこで一度言葉を切り、瞳に悲しげな色を滲ませる。
「留弗夫を見て心配になったんでしょうね。フルフルが自分を捨てて、他の人と愛し合うようになったらどうしようって。馬鹿な話ね、そんなことあるわけがないのに。私はいつまでもゼパルを愛し続けるわ」
いつものふざけたものとは正反対の、真面目で静かな姿。何を言えばいいのか分からなくて、数秒考え込んだ後、結局ありきたりな言葉を返す。
「……ゼパルを愛し続ける、か。俺の前でそんなこと言って、恥ずかしくないのか?」
「あら、何を恥ずかしがることがあるというの? 自分の気持ちを正直に話すのはいいことだわ」
「それもそうだな。……ずっと変な奴だと思ってたけど、結構芯が通ってるんだな、お前」
俺の言葉を聞いたフルフルは、一瞬目を丸くした後、太陽のような笑みを浮かべる。
「当たり前だわ! 私を誰だと思ってるのよ!」
その笑顔には、先ほどまでの憂いは僅かも残っていなかった。
「さて、第三の作戦は思いついたのかしら? 早く決行しないと、本当に日が暮れちゃうわよ!」
「あぁ、勿論だぜ。第三の作戦、それは――」
 
 
*------*
 
 
「おおっ、これは綺麗な太もも姉ちゃんじゃねぇか! この子たち、戦人の知り合いなのか?」
「親父、頼むから理性的な大人でいていてくれ」
それと片方は姉ちゃんじゃねぇ……そんな突っ込みをぎりぎりのところでのみ込む。
屋敷の廊下にて。ゼパルとフルフル、そして俺は、親父と正面から向かい合っていた。
第三の作戦。それは、「親父と直接話して考えを改めさせる」というものだ。
今までの二つの作戦は、いずれも間接的なものだった。それで成功しなかったんだから、今回はあえて直接、というわけだ。
横目でちらりとゼパルを見る。フルフルが上手くなだめてくれたのか、いつも通りの様子に戻っていたが、親父の視線に若干引いているようだ。顔が引きつっている。
「……まさか留弗夫、僕たちを恋愛対象として見ているんじゃ」
「そんなことは……あるかもしれないな」
「ちょッ……」
親父に聞こえないよう小声で話していた俺達だったが、ゼパルが声を荒げそうになり、フルフルが慌てて口を塞ぐ。そんな俺達に疑問を抱くこともなく、親父が続けた。
「それで、俺に話ってなんなんだ? 交際の申し込みならいつでもオッケーだぜ」
「……」
フルフルがひどく冷めた目で親父を見ている。話を進めてくれそうな気配もなかったので、自ら本題を切り出すことにした。まぁ、作戦を考えたのは俺だしな。
「そうじゃない。親父の浮気癖についてのことだ」
「……、」
俺の言葉に、親父が息をのむ。過去のいろいろもあり、俺から恋愛関係について話し出すということが意外だったのだろう。
「留弗夫、君は浮気癖がとても酷いそうだね! でもそれは間違ってる!」
「そんなの正しい愛のあり方じゃない! それはあなた自身も分かっているんじゃないかしら?」
俺たちの気まずい雰囲気を察したのか、ゼパル達が会話に加わる。自分たちは悪魔だと名乗らないあたりは空気を読んでくれたのだろう。
痛いところを突かれた、とでもいうように、親父は苦笑いを浮かべ、ためらいがちに口を開く。
「あぁ……もちろん分かってるぜ。どちら様だか知らないが、お嬢さん方の言っていることはもっともだ」
「あぁ、そうかい! じゃあもう浮気なんかやめて、霧江一人を――」
「でもな、俺がいろいろな女と付き合うのには、一応理由があるんだぜ」
え、と驚いたように言葉を詰まらせるゼパル。親父は一息ついてから話し出す。
「付き合ってとせがんだところを振られたら、相手だって傷つくだろ? 俺に好意のある女が嫌な思いをすると、俺まで嫌になるんだよ。だから俺は、相手の頼みを断らない」
「でも……それにしたって、」
「俺は多くの女を幸せにしたいんだよ。だから、たった一人の女だけを愛することはできない」
「……っ」
親父の言葉に、ゼパルが目を見開く。隣でフルフルが息をのむのが分かる。
……ただ節操がないだけだと思っていた。親父がそんなことを考えていたなんて知らなかった。
もしかすると、俺も悪魔たちも、少し親父のことを勘違いしていたのかもしれない。
「親父……俺、正直親父のこと見直したぜ。まさかそこまで考えていたなんて――」
「というわけで。お嬢さん、今夜は空いてるか? よかったら一緒に食事でもどうだ?」
「え」
シリアスな表情から一変。いつものすかした表情で、親父がゼパルの髪を撫でながら尋ねる。
「え? い、いやそれは」
「俺は多くの女を幸せにしたいんだ。俺と一緒にいれば、きっと安らぎを得られるぜ」
「き、君は何を言っているんだい? 悪魔である僕を口説こうなんて……ってやめて、こっちに来ないで……!」
ひどく動揺し、目のふちに涙を溜めながら後ずさるゼパルと、それをじりじりと追いつめる親父。性犯罪者とその被害者。そんな表現がぴったりくる光景だった。
……再び前言撤回。やっぱりこいつは、見直す余地も、更生の余地もないクソ親父だ。もう二度と間違えねぇ。
「ほら、いいじゃねぇか。なんなら今から行くか? 食事だけじゃない、お嬢さんが望むなら、どこへだって連れて行ってやるぜ」
「ひ、ぅ……!」
親父が甘く囁くが、ゼパルの表情は引きつる一方だ。瞳を恐怖の色に染めている。
これはまずい。嫌がる女性(?)を無理やり……なんて、明らかに新たな犯罪者が生まれる流れじゃないか。
そうだ、フルフルは? あいつならなんとかしてくれるはずだ。
「ど、どうするんだよあれ。早く止めないと……って、フ、フルフル?」
「……ねぇ戦人、覚えているかしら? 浮気男の末路」
「え? あ、あぁ。それがどうしたんだよ」
「今こそ思い知らせる時だと思わない? それ」
そう言うと同時に、フルフルの手元に細やかな光が集まり、何か黒光りするものを形作った。お、おい……、
「お前それ、包丁……!? おいまさか、あのアニメ再現するつもりじゃ」
「ご名答! ゼパルは不測の事態に弱いの! だからね、ゼパルがそういう事態に見舞われたなら、私が助けてあげなきゃいけないのよ!」
「その手段が親父抹殺っておかしいだろ! つーかその流れで行ったら、最終的にお前も死ぬよなぁ!」
「ゼパルを守って死ねるなら本望よ! 私のゼパルに手出しした報い、きっちり受けてもらわないと!」
「それもう浮気云々と関係ないだろ――っちょ、おい!」
俺の言葉も聞かず、包丁の刃先をひらめかせ、親父の方に飛び出すフルフル。
「あっはははは、覚悟、右代宮留弗夫ううぅうッ!」
「ちょ、ま……お、おい馬鹿、本気かよ! や、やめ――」
 
 
*------*
 
 
「……ッ、」
頭に強い衝撃が走り、眠りから覚める。全身を嫌な汗が伝っている。
見慣れた魔女の喫茶室。ソファーでくつろいでいたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「それにしても……何か凄い夢を見ていたような」
凄い夢、と言っても、どんな夢だったかはよく思い出せない。純粋に思い出せないのか、「思い出さない方がいい」と脳がブロックをかけているのかは分からないが、後者だった時のことを考えて、俺は思い出そうとするのをやめる。
腕時計を見ると、まだ昼過ぎ。これから半日何をしよう……そんなことを考えていると、急に空間が歪み、二つの人影が現れた。
こいつらは確か……、
「お久し振りだね、戦人!」
「私たちのこと、ちゃんと覚えてくれてたかしら!」
そうだ、ゼパルとフルフルだ。第六のゲーム、愛の試練の時に世話になった。
「あれだけ騒がしい連中、忘れる方がどうかしてるぜ。……で、どうしたんだよ」
俺の問いを聞くと、フルフルと指を絡ませながら、ゼパルがあでやかな笑みを浮かべ、こう口にした。
「ねぇ戦人! 君のお父さんについて、詳しく教えてくれないかな?」
 
 
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